καιρός
ギリシャ神話に登場する所謂チャンスの神様。
ギリシア語で「時」を表し、 時刻を司るとされている。
小学4年生の頃、まるで女王の教室の天海祐希をそのまま顕現したかのような恐ろしい先生にチャンスの神様の話をされた。
そのときはギリシャ神話のカイロスなど知るわけもなく、
「チャンスの神様って前髪だけあって後頭部はハゲてるんだ~笑」
くらいにしか思わなかったが、思い返せばその時にきちんと体系的に理解できるよう十分に情報を与えてほしかったなと今では思う。
◇
最初から脱線した。
そう、チャンスは一度きり。
人生 タイミング。
その瞬間を逃したら、次の好機まで担保されていないし、そもそも次の好機など存在しないかもしれない。
たとえば海外旅行がそうだ。
国交断絶とは大きく異なるが、もはや鎖国に近いほど人の流れは規制されている。
これについては筆者にとってもかなりの痛手となっている。
基本的に引きこもり体質で、
大学卒業直前まで
「海外?いやいやいや、死ぬでしょ普通に。第一、比較的先進国と言われる日本に住んでいてもなお幸せに生きられてないのに、他の国なんて行ったらもう絶望必至でしょ。」
と思っていた筆者が、卒業を機に1ヶ月間アメリカで語学留学かつ大学で寮生活をしたことで認識が変わった。
あの時も一種の一度きりのチャンスであった。
あれが無ければ翌年にフィリピンにベルギー、オランダに行こうなどとは思わなかったことだろう。
そして2020。
コロナショック。
航空業界に与えたダメージは旅行を愛する人々だけでなくもはや全世界に忽ち波及した。
大学時代あれほどまでに時間があったというのに、一体何を暢気に映画を観漁っていたのか。
大学祭に教員免許にお囃子にバイトに公務員試験に民間就職にと、比較的言い訳はたくさん浮かんでくるが、こんなものすべて下らない。
言い訳にもなっていない。
よく「忙しい」が口癖の者がいるが、自分自身のキャパシティの無さを露呈しているに過ぎない。
当時の私もそうだった。
「忙しい」とまでは言わないものの、予定を調整する事など念頭にもなく「固定シフトでバイトがあるから~」だとか「大学のゼミや授業、ダブルスクールがあるから~」だとか、その程度のことはもはや理由にならない。
それらを差し置いてでも、たとえ借金してでも、
やれることはすべてやり遂げ、行けるときに何処へでも行っておくべきだった。
かつての自分を振り返る際、どの瞬間を切り取っても、変化を面倒がりそして恐怖していた臆病者である負け犬の遠吠えが響いている。
◇
同じチャンスは2度と来ない。
だが、別のチャンスを作り出すことはできるのではないだろうか。
少なくとも今は嘆き悲しむ暇はないはず。
また懲りずに資格試験を申し込んでいる。
n回目の決意だけれど、今は少しでも変わりたい。